2011年5月21日土曜日

DJ HARVEY Japan Tour 2011


大地震が発生したとき、テロリストたちは、それまで息を潜め、

油断なく積み重ねてきた作戦をすみやかに開始したかもしれない。

東日本一帯への地震、その後の津波の到達とともに、福島原発に、

GPS搭載プログラマブル小型ミサイルを数発発射。

地震と津波、そしてテロリストに破壊された原発は、メルトダウンを開始。


その後、憲法九条を施行するため、宮内庁と政府は東電を通し、

全世界へ向けて情報操作を行う。

国民は、そのメルトダウンの原因が、地震と津波に便乗して行われたテロで

あることをしらされずに。

「堪え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」という状況に連れて行かれる。

すべて原因と結果は、わたしたち国民の意思と選択によるものだった、ということで。


そのテロリストらは共産圏や中東からの刺客かも知れない。

もしくは米国による、911の韻を踏んだ、自作自演の最低なアメリカンジョークかも。

それとも国籍を超えた、マーケットという名のシステムによる、原子力ビジネスや

化石燃料ビジネスからの刺客かもしれない。

その真実はわからなくとも、それはすでに起こってしまったのだ。


DJ HARVEY のいる昨夜の那覇は、そんなリアルで不安な世界のことを、

一瞬でも忘れさせてくれる楽しい瞬間だった。


そして、Wacthmen とマイケル・サンデル をまたみたくなったし


Respect DJ HARVEY !!


2011年3月7日月曜日

イディオム

即興演奏をはじめ、様々な音楽をひとつの言語としてとらえる考え方はとても興味深い。しかし時間はそこにただ概念として「存在」しているものだ。例えば、動物は生まれると誰からも教えられる事なく呼吸を始める。DNAに組み込まれているプログラムのようなものだ。時間を言語として思考し始めたとき、その瞬間はもう既にそこにはなく、そこにあった形跡だけを認めることしかできない。もしかするとイディオムは、言葉と言葉の間に時間を繋ぎ止めておくことができるタイムマシンなのかもしれない。

2011年3月3日木曜日

ウォッチメンとマイケル・サンデル

マイケル・サンデル - Michael J. Sandel の「ハーバード白熱教室」を見て、思い出
したのが、映画「ウォッチメン - Watchmen」だった。

この現実の世界では、Dr.マンハッタンの台詞のように「何事にも最後はない」
だろうし「今までも、そしてこれからもずっと手遅れ」の状態が続いていくのだろう。

マイケル・サンデルは、そのような複雑な現実の世界の中で、哲学という点からスター
トした。そしてそのベクトルには、前向きな思考を保つ方法と、生き残るための強い意
志を感じる。

その行き先にもやはり「最後はない」のかもしれないが、近い将来、この講義を受けて
いる人達が、社会的に重要なポジションにつき、少なからずこの現実の世界に影響を与
えていくことは、間違えないだろう。

そしてある時、彼等に「生け贄」の必要なときがくるならば、「今までも、そしてこれ
からもずっと手遅れ」の世界の中から、最善な方法で彼等はそれを選ぶだろう。 

ピース ☮

2011年2月28日月曜日

即興演奏とシアタースポーツ

「インプロヴィゼーションのための練習方法は二つしかないと思う。
じっさいに即興演奏をするか、それについて考えるか、その二つだ」

エヴァン・パーカー
(デレク・ベイリー著「インプロヴィゼーション 即興演奏の彼方へ」)


「シアタースポーツ」という即興で行う演劇を最近知り、そのリハーサルに、
出演者の1人として参加することができた。
まず即興で演劇を行う前の基礎的なトレーニング、いくつかのメソッドをして
いる時に、ある感覚を思い出すことができた。

それは楽器やターンテーブルで即興演奏を行うときと似た感覚、自己の無意識
やDNAにある、原始的な感覚を起動するログの存在、を思い出す瞬間だ。

良い気分で(または悪い気分でも)即興演奏ができた時を思い出すと、右脳と
左脳のバランスや、自分が音や「何かA」に求めている「何かB」を感じるこ
とができる。その「何かB」は、時間への感覚と密接な関係があるのだろう。

演奏以外でこの感覚を思い出すことができたのは初めてだったかも知れない。